[5]

 冴え渡る夜空に、鐘の音が鳴り響く。
 夜風に首をすくめながら、ラウルは道端に置いた籠をしみじみと見下ろしていた。
 ちょうど昨晩。村外れの小屋に続くこの道で、ラウルとガーディは出会った。たった一日しか経っていないのに、もう随分と長いこと一緒にいたような気がする。
 籠にちょこんと収まったガーディは、とっぷりと暮れた空を見上げているようだった。
『この世界は、とても静かで美しいですね。私の暮らす世界では、夜でも照明があちこちに灯されて、こんな暗く静かな夜空を眺められることはあまりありません』
 月と星に照らされた静寂の大地。それは、漆黒の宇宙空間にも似て、どこか懐かしい。
「それは随分と勿体ない話だな」
 ラウルが言えば、アイシャも頷く。
「夜は、暗いもの」
 夜目の利くラウルはもちろん、三人組もこれだけ月明かりがあれば灯りなど必要としない。しかしラウルは知っている。人は闇を恐れ、光を求めるものだと。
「ガーディさんは天空を翔る船なんでしょう? 天空はどんな様子なんですか?」
 懐中時計を凝視していたカイトが、ふと思い出したように尋ねてきた。知識神に仕える彼は天文学もかじっているという。ガーディからしてみればかなり初歩的な知識でしかないが、同じ概念を共有できることは実に喜ばしい。
『そうですね。宇宙はとても静かで、冷たくて――そして、とても美しいところです。大気がありませんから星が瞬くことはありませんが、星々や星雲の鮮やかさは目を見張るほどです』
 地上に降り立てば、その圧倒的な色彩に目を見張るけれど、あの漆黒の宇宙には不思議と万物を魅了する美しさがある。
「ぜひともこの目で見てみたいですねえ〜。こちらの世界にも望遠鏡はありますが、精度が低くて明るい星しか見えないんですよ。記録する手段もありませんし……」
 心底悔しそうに嘆くカイトを尻目に、アイシャがすいと月を指差した。
「月が満ちる」
 天鵞絨の空にかかる月。夜風に磨き上げられて冴え冴えと輝く、白銀の真円。
「ガーディ!!」
『はい。たった今、本体の超光速ドライバを作動しました』
 その瞬間、確かに世界が脈動したのを、その場にいる誰もが感じ取った。
「なんだ、今の!?」
『時空間の歪みを感知しました。これは、私だけの力ではありません。別の世界からの干渉が行われています』
「ってことは、向こうからも手段を講じてくれてたってことだな」
『はい。これより、独立型移動モニタの回収を試みます。皆さん、危険ですので離れていてください』
 最初にエスタスが、そして名残惜しそうにカイトとアイシャがその場を離れ、最後にラウルがゆっくりと籠から距離を取る。
 そして、四人が固唾を呑んで見守る中、満月のかかる夜空がぐにゃりと大きく歪んだ。
「うわあ!!」
「あれが、時空の歪みか」
 それは夢のような、不思議な光景だった。夜空にぽかりとあいた穴。その向こうに垣間見えるのは、黒銀色に輝く流線型の船。
「ガーディ。それが本当の姿なんだな」
「かっこいい」
『ありがとうございます。通常空間との回路を開くことに成功しました。これよりモニタを回収します』
 ふわりと浮き上がる白銀の球体。するすると空へ昇り、やがて本体へと吸い込まれていく様を、ラウル達はじっと見守っていた。
 そして、今までよりも深みのある声が、天上より降り注ぐ。
『皆さん、短い間ですがお世話になりました。また、いつの日かお会いできたら嬉しいですね』
「ああ。たった一日だったが、なかなか楽しかったぜ。気をつけてな!」
『はい。私もとても楽しい時間を過ごすことができました。皆さんも壮健でいてください』
 ガーディの姿が急速に光を帯びる。眩しさに目を細めながら見上げれば、ガーディの鼻先に生じた光の輪、その向こうに、漆黒の宇宙空間が広がっていた。
「あれが、宇宙――」
 思わず呟いた次の瞬間、眩い光に包まれて、全てが白い光の中に飲み込まれる。
 目も眩む光の中、何かが落ちてくるような音が聞こえたような、そんな気がして、小首を傾げた次の瞬間。
 光の塊が、降ってきた。
「ってええ!!」


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