第5話「何をして」

 森の中にひっそりとたたずむ白亜の宮殿。その正面玄関に掲げられた『関係者以外立ち入り禁止』の看板をさらりと無視して、魔術士達は大理石の階段をすたすたと上って行く。
「……あの、入っていいんですか?」
「大丈夫です。私は立派な関係者ですから」
 胸を張るリファを尻目に、リダは周囲を隙なく見回しながら囁く。
「よし、誰もいないね。ばれないうちにさっさと行くよ」
「やっぱりまずいんじゃないんですか!」
「なに、町中で決闘をして学園長に詰られるよりはまだマシなはずです。さあサラ、行きますよ」
 尻込みするサラの背中を押すようにして、先行するリダの後を追いかけるリファ。
「あの、ここって一体……?」
 しんと静まり返った宮殿内に、人の気配はない。しかし、手入れされた前庭や塵ひとつ落ちていない廊下を見る限り、放棄された建物ではないことは間違いない。
「とある人のために建てられた離宮なんですがね。今はお留守のはずですから、ちょっと使わせてもらいます」
 事もなげに答えるリファに引っ張られるようにして、長い廊下を進む。絢爛豪華な装飾こそないが、随所に精緻な細工が施された柱や梁は見ているだけで溜息が出そうだったが、それらを堪能する暇もなく、三人は風のように宮殿を駆け抜けて、やがてぽっかりと空いた空間に辿り着いた。
「わあ、きれい……!」
 噴水を中心に、色とりどりの花が咲き誇る庭。そこを抜けた先は、周囲から一段高く作られた石造りの舞台と、それを取り囲む無数の石柱――。まるで古代の神殿跡か野外ステージのようだが、それにしては祭壇も、はたまた観客席も見当たらない。
「いつ来てもいいわね、ここは」
 何やら満足げに呟いて、舞台へと上るリダ。サラの手を引いて後に続きながら、リファもまた石柱に取り囲まれた舞台を眺めてうんうんと頷いてみせる。
「ここなら周囲に迷惑がかかりませんからね。彼女もいいものを作ってくれたものです。最近はめっきり使われていないようですが」
「そりゃそうでしょ。あの人も今はそれどころじゃないだろうし」
 一体誰のことを話しているのかよく分からないが、リダが珍しく敬意を表しているからして、きっとすごい人に違いない。そう考えるとますます、この離宮の主の正体が気になってしまう。
「さあ、あの人が来ないうちに早く始めるわよ」
「そうですね」
 トン、と杖で石舞台を叩けば、何もなかった舞台の上に青い光が走り、巨大な魔法陣を形成する。そのうちの一か所、二重の丸と不思議な文字で形成された部分を指し示して、リファはサラを振り返った。
「ではサラ、その丸の中にいてください。絶対にそこから動かないようにね」
「は、はいっ!」
 慌てて丸の中に飛び込んだサラの姿を確認して、今度はリダが杖をぶん、と振りかざす。
『立ち上がれ、光の檻よ!』
 魔法陣から光が伸びて、石柱を駆け上がって行く。そうして天空へと立ち上がった光は互いに絡み合い、円蓋のように空を覆い尽くした。
「これでどんな魔法を使っても周囲に被害は及びません。とはいえ、音や光はダダ漏れですから、やりすぎないようにしてくださいよ?」
「分かってるわよ! そっちこそ、結界を維持するだけの力は残しておきなさいよね」
「私を誰だと思っているんですか?」
 リダの挑発に不敵な笑みで答え、さてと杖を構える。
「私も久々に本気を出しましょうか」
「そうこなくっちゃ! さあサラ、見てなさい! 世紀の対決の始まりよ!」
 途端にごお、と渦巻く風は、高まる魔力の表れか。
 金の髪をなびかせて、空と海、二つの青が対峙する。
『我が呼び声に答えよ! 汝は終焉の使者――』
『紅蓮の腕、灼熱の炎、我が真なる名において――』
 リファとリダ。似て非なる二人の魔術士の戦いの幕が、今ここに切って落とされた。

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