2.律動する大地
 息を切らした二人が採取場所へと辿り着いた時、そこには一種異様な光景が広がっていた。
「遅いですよ、二人とも」
 足音に気づき、振り向かずにそう言ってくるリファが対峙しているのは、同じく土鬼だった。こちらは六匹だったが、土鬼達は一様に茨のようなものに絡め取られ、軋むような悲鳴を上げてもがいている。
「お前なら一人でも余裕だろ?」
「どこかの体力馬鹿と一緒にしないでください。複数の魔術を維持するのは疲れるんですよ」
 見れば、少し離れた茂みの辺りが不思議な球体に囲まれている。うっすらと透けて見える球体の内側には、採取に降りていた村人達の無事な姿が見えた。
「子供達を怯えさせるといけないと思いましてね。外の様子は見えないようにしておきました」
 細やかな気配りに、尻上がりの口笛で答える。そして素早く剣を引き抜いたラーンは、恐ろしい力で茨を引きちぎり、こちらへと近づいてくる土鬼達へと切っ先を向けた。
「あっちは四匹だった。合わせて十匹、キリがいいってことで!」
 力強く大地を蹴り、一気に距離を詰める。そして白刃が煌めくたびに、一匹、また一匹と倒れ伏していく土鬼達。悲鳴が上がる間もなく絶息した妖獣達の躯が急速に崩れていくさまを、息を呑んで見つめていたエルクは、最後の一匹が土に還ったところまでをしかと見届けて、思い出したように大きく息を吐いた。
「はい、お疲れ様です」
 すまし顔で労うリファに、さすがにくたびれた様子のラーンはむっとした顔で食って掛かった。
「お前、見てないで少しは手伝ったらどうだよ!」
「何を言ってるんですか、ちゃんとあなた方が戻ってくるまで持ちこたえていたでしょう。こんなか弱い私にそれ以上を求めるのは酷というものじゃありませんか」
 けろりと言ってのけるリファに、げんなりと首を振るラーン。こんなやりとりを、きっと何度も繰り返してきたのだろう。
「私は頭脳労働、あなたは肉体労働。適材適所というでしょう?」
 とどめの一言でラーンの文句を封じ込めたリファは、くるりと振り返ってエルクの手を取った。
「怖い目に遭いませんでしたか? ラーンが一緒だったから大丈夫だとは思いましたが、何しろ彼は気遣いという言葉を知らないもので」
「知ってるよ! できないだけだ!」
 自慢にもならないことを怒鳴るラーンを尻目に、リファはてきぱきとエルクに怪我がないかを確認して、ほっと息をつく。
「どこも怪我はありませんね。良かった、あなたに何かあったら村長に合わせる顔がありません」
「いえ、そんな……」
 少々過保護な養い親夫妻だが、エルクや村人達を庇ってくれた二人に感謝こそすれ、詰るような真似をするはずがない。
「あっ! 村の人達は!?」
 おっといけない、と呟いて、杖でトン、と地面を突けば、村人達を包み守っていた半透明の球がぱちんと弾けるように割れて、途端に怒声が響いてきた。
「畜生、ふざけんなよ! なんで俺達がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」
「ザドリ、やめろ。ほら、もう終わったようだ。守っていただいたのに、みっともない真似をするじゃない」
 その言葉で結界が消えたことに気づいた村人達が、わらわらと駆け寄ってくる。
「エルク! 良かった、無事だったんだね」
「あんたすごいな、リファさん! 本当に魔法使いなんだなあ!」
「ラーンさんがあいつら倒したの? すごいねー!」
 一斉に話しかけてくるものだから、誰が何を言っているのか分からない。しかし、ざっと見た限り誰も怪我らしい怪我はしていないようでほっとした。
 興奮冷めやらぬ彼らの話によれば、エルクとラーンが採取場所を離れてしばらく経った後、急に奇妙な唸り声が聞こえてきて、気づけば土鬼達に囲まれていたのだという。
 リファが素早く村人達を一か所に集めて結界を張り、土鬼達に足止めの魔法をかけたところで、ようやっと二人が戻ってきたというわけだ。
「お前一人でもどうにかなったろ? お得意の火炎魔法でもぶっ放してやればよかったのに」
 まだ不貞腐れた顔のラーンに、リファは何を言ってるんですかと腰に手を当てて怒ってみせる。
「こんな狭いところで爆発系の魔法を使ったら、自分達も生き埋めですよ。だから大地の精霊に頼んで、あいつらを絡め取ってもらったんです。そのまま地中に引きずり込んでくれればよかったんですけどね」
 恐ろしいことをさらっという辺りが実にリファらしい。それにしても、魔術のみならず精霊術までも華麗に操る麗人とは、ますますお伽噺の英雄のようではないか。
「本当に、お二人とも勇者様みたいです!」
 思わずそう言ってしまったエルクに、いやあと照れるラーン。リファも「それほどでも」と謙遜してみせるが、村人達はエルクと同意見のようだった。ある者はラーンの肩を叩き、またある者はリファの腕を取って、興奮気味に声を張り上げる。
「エルクの言うとおりだな。お二方は我々を救ってくださった英雄だ!」
「早速帰って村長に報告せんとな。村長もさぞお喜びになるだろうて」
「今夜は宴だ! 張り切って準備しないと!」
「今から料理を作って間に合うかしら。これは早いところ村に戻らないとね」
「ばっかじゃねえの!」
 はしゃぐ村人達の声を切り裂くように、少年の声が響く。
「こいつらが土鬼を連れてきたのかもしれないだろ!? それなのに大の大人がそろって浮かれやがって、英雄だ? 宴だ? 騙されてるんじゃねえよ!」
「ザドリ! お前、何を言って――」
 年嵩の村人が制止をかけようとする手を乱暴に振り払って、黒髪の少年はラーンとリファを鋭く睨みつけた。
「おかしいじゃねえか。今まで怪物達が谷に出たことなんかなかったのに、お前らが来た途端、狙ったように出てくるなんてさ」
「そんな……」
「やめんか、ザドリ!」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ」
 ざわつく村人達をねめつけて、ザドリはなおも棘だらけの言葉を紡ぐ。
「お前ら、本当は裏であいつらと手を組んでたんじゃないのか。わざと俺達を襲わせて、金をせしめてトンズラするつもりだったんじゃないのかよ!?」
「なに――」
 思わず食って掛かろうとしたラーンを、リファがそっと止める。何で止めるんだと抗議しかけて、ラーンは自分よりも先に動いていた人物の姿に目を丸くした。