<< >>
lost child

[蒼き風のサヴィラーク――陽気な空人―ー]

「小僧!?」
 青くなって辺りを見回す旧友の姿に、思わず目を瞬かせる。それほど長い付き合いではないが、この旦那がこれほど慌てふためくところなど見たことがない。オレが大鷲と死闘を演じて片翼を失いかけた時も、ダルトンの旦那が巨大蟻地獄に落ちた時も、ジュディのヤツが魔物への生贄にされそうになった時だって、ただ一人冷静に状況を分析していたような男だったってのに。いやはや、長生きはするもんだ。
「なんだ、連れがいたのか?」
 さっきは久々に見た旦那の姿に思わずはしゃいでしまって、誰かと連れ立っていることなど全く気づかなかった。悪いことをしたな、と一瞬だけ思ったが、今更言っても仕方がないことだ。
「ああ、私の息子なんだ」
「息子? アンタ、いつの間に結婚したんだ?」
 旦那と最後に会ったのは十五年ほど前のことだ。修行と称してあちこちをほっつき歩いていたユークの神官戦士ダリス=エバスト。そんな旦那を仲間に迎えて、半年ほど一緒に旅をした。あちこちの洞窟や迷宮に潜ったり、街で起こった厄介事を片付けたりと、結構楽しくやってた、と思う。
 そんな旦那がとうとう本神殿に召喚されるっていうんで、オレ達は散々「年貢の納め時だな」とからかったもんだった。あれからもう十五年、結婚して子供を作るには十分な時間が過ぎちゃいるが、まさかこの旦那がそういう、ごく真っ当な人生を歩んでいるとは思わなんだ。
「いや、結婚はしていない。二年ほど前に、色々あって養子を迎えたんだ」
 なんだ、そういうことか。しかし、結婚もせずに養子を取るとは、やはり変わった男だ。
「どんな子だ?」
「黒髪の、はしこい子でね。正確な年は分からないんだが、今年で十歳になるかならないか……。口は悪いが頭のいい、なかなか面白い小僧なんだ」
 そうしてどこか照れくさそうに取り出したのは、小さな細密画だった。黒髪に黒目、どこか挑戦的な目つきやぐっと引き締められた口元など、いかにも負けん気の強そうな少年だ。体色も顔立ちも旦那とは似ても似つかなかったが、その瞳の輝きはどことなく、目の前のそれを髣髴とさせる。血の繋がりはないってのに、不思議なもんだ。
「会ったばかりで済まないが、あの子を探しに行かないと。また後で会おう!」
 そそくさとその場を立ち去ろうとする旦那を、待てよと引き止める。
「手分けして探そうぜ。どうせダルトンの旦那を探しに行かねえとならないしな。あの旦那、ほっとくとこの街の食べ物を食い尽くしかねん」
「すまん、恩に着る」
 十以上も年下の俺に、こうも素直に頭を下げてくるところなんか、ホントあの頃とまったく変わっちゃいない。ユーク本神殿の司祭様だってのに、こんなに腰が低くていいもんなのか。
「じゃあ落ち合う場所を決めよう。見つけても見つけなくても、一度そこに戻るんだ」
 時計台前に夕の二刻。そう取り決めて、二手に分かれる。旦那は地上から、オレは空から。かつてつるんでいた時によくやった探索方法だ。
「それじゃ、またあとで!」
 自慢の翼をはためかせて大空へと舞い上がる。遥か上空からでも、人込みを掻き分けて広場を横断する黒尽くめの姿はやたらと目を惹いた。
 ふん。飄々とした男だと思ってたが、案外熱いじゃないか。
「親になると、変わるもんだな」
 ああいうのも親馬鹿って言うんだろうな、きっと。
 おっと、こうしちゃいられない。こっちもさっさと探しに行かないとな。


<< >>