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lost child

[ロイド=エルウィック――新米警備隊員――]

「はい、迷子ですね。ではここに記入をお願いします」
 本日何回目か――下手をすると十何回目か――の台詞を紡ぎながら、帳簿とペンとを差し出す。大抵の親はここで「こんなことをしている場合じゃない!」だの「うちの子を早く探してください!」と息巻くものだが、目の前の男は落ち着いた様子で黙々と項目を埋めていき、あまつさえこちらに同情交じりの眼差しを向けてきた。
「警備隊も大変だね、こんなに迷子が多いと」
「ええ、まあ……。でも毎年、こんな感じですから」
 警備隊の屯所は子供の泣き声と叫び声で、通常の会話さえ困難な状況だった。だからこれまでのやり取りも、ほとんど怒鳴るようにして交わされている。毎年のこととは言え、これが一日中続くかと思うと、本当に頭が痛くなってくる。
「これでいいかな」
「はい、ありがとうございます。ええと、迷子になったのはラウル=エバスト君、十歳。黒髪に黒い目、白い肌、黒い服、所持品特になし……」
 必要事項を確認しながら屯所内を見回す。朝から現在までで、ここに連れて来られた子供達は約十五名。そのうち今もここに残っているのは八名ほどだが、その中に今挙げた条件に合致する子供はいなかった。
「はぐれたのは中央広場ですね。辺りをお探しになりましたか?」
「ああ、広場は一通り見て回ったんだが、どこにもいなかったんだ。その途中で巡回中の警備隊に会って、この場所を教えてもらってね。土地勘のない人間が闇雲に探し回るよりは、一度届け出て連絡を待った方がいいと言われたんだ」
 大体、私の方が迷子になったら元も子もないしね、と頭を掻く男。
 確かにその通りだ。実際、互いに互いを探し回って双方で迷子になるような親子が毎年何組かはいるのである。ようやく巡り合えて涙の再会、となるのはごく一部で、下手をすれば壮絶な親子喧嘩の勃発だ。去年はうっかり仲裁に入って、愛情たっぷりのビンタを代わりに食らう羽目になったっけ……。
 思い出したら何だか頬が痛くなってきた。無意識に右頬をさすりつつ、改めて届出人の欄に目を通す。
「ええと、届出人はダリス=エバストさん、四十九歳。ユーク本神殿の……司祭様ですか!? これは失礼致しましたっ!!」
 宗派が異なるとはいえ相手は司祭、しかも本神殿に仕えているとなればまさに雲の上の存在だ。しかし司祭は苦笑いを浮かべて手を振った。
「私は君の上司じゃないんだし、そうかしこまることはないよ。それより、迷子のことなんだが……」
「は、はい。祭の期間中は我々セインの警備隊が市内を巡回しておりますので、迷子らしき子供はすぐに保護しております。ただ、何分人手が足りませんので、すぐに見つかるかどうかは……」
「ああ、それは分かっているよ。見つかり次第連絡をもらえればと思ってね」
「勿論です。連絡先はユーク分神殿でよろしいですか? いつ頃まで滞在の予定で?」
「見つかるまでは何が何でも居座らせてもらうよ。それこそ、分神殿長を脅してでもね」
 柔和な笑みを浮かべながらの台詞ではない気がしたが、相手は司祭様だ。下手に突っ込めない。曖昧な笑みで誤魔化していると、司祭はふと思い出したように呟いた。
「ただ、問題はあの小僧が素直に戻ってくるか、だな……」
「喧嘩でもされたんですか?」
 思わず尋ねてしまってから、しまったと口を押さえる。家庭の事情に首を突っ込むなかれ、それが警備隊の標語だ。定められた境界の尊厳を謳うセインの信者として、むやみやたらに他人の私生活に立ち入ることは神の教えに反する、というのがお題目だが、要するに面倒事に巻き込まれるな、ということだ。
 ばつの悪い顔をしていると、司祭はどこか楽しげに口元を引き上げて、それがね、と告白を始めた。
「子供扱いをしたらへそを曲げてしまったんだ。やはり十歳にもなると、親とは手を繋いでくれなくなるものかな」
「はあ……まあ、やっぱり気恥ずかしいんじゃありませんか」
 あまりにも気さくな口調だったもので、ついつい口が滑る。
「俺もそのくらいの時、やっぱり親に構われるのが嫌だった時期がありましたよ。もう子供じゃないんだから、放っておいてくれって」
 そうだなあ、と懐かしそうに呟いて、司祭は唐突に笑みを零した。
「それでも、親にとって子供は子供、か」
「え?」
「昔、親に言われたことがあるよ。お前がたとえしわくちゃの爺になったとしても、私にとってお前が子供であることに変わりはないんだとね。あの時は何を当たり前なことを、と思ったもんだが、そういうことか」
 くすくすと笑いながら、それじゃあと席を立つ司祭。
「よろしく頼むよ」
「はい! お任せ下さい!」
 最敬礼で司祭を送り出し、帳簿に『連絡先:ユーク分神殿』と書き足して棚に戻す。それとほぼ同時に、入り口の方から甲高い女性の声が響いてきた。
「すみませんっ、うちの子がっ、うちの子がいないんですっ!!」
「はい、迷子ですね。ではここに記入をお願いします」
 戻したばかりの帳簿を机に広げ、喚きたてるご婦人を宥めすかして項目欄を埋めていく。後ろでは待ちくたびれた子供がぐずり出し、表では何やら、祭の見物客同士が揉めているようだ。
「あの、うちの子がこちらに来ていませんかっ!」
 また一人、血相を変えた親が飛び込んできた。
 ――今日もまだまだ、忙しそうだ。


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