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第二章[17]

 がちゃがちゃと、金属が擦れる音を伴った足音が廊下を通り過ぎていく。
 真夜中に叩き起こされた客達のぼやきがあちこちから聞こえる中、落胆の表情で階段を下りていく兵士達。その目の前に、この宿屋を切り盛りする女将が腕組みをして立ちはだかった。
「だから言ったろ?」
 寝巻き姿に肩掛けを羽織っただけの姿で兵士達を睨みつける女将に、一番最後に降りてきた男は苦笑交じりに悪かったよ、と頭を下げた。
「こっちも仕事でね。ちゃんと確認しとかないと、上がうるさいんだ」
 背にたなびく青い外套は、彼が守備隊の大隊長であることを示している。しかし、そのひょろ長い体つきや無精ひげを生やした顔からは、およそ威厳や貫禄などという言葉を連想することは出来ない。せいぜい「ちょっと古株の兵隊さん」といったところだろうか。
 とはいえ彼は紛れもなく一個大隊を指揮する男で、そして彼の名と顔は意外にも広く知れ渡っている。女将も彼の人となりを知る一人であったから、そんな彼の言葉に肩をすくめてみせた。
「分かってるさ、ナジードの旦那。で、納得してくれたかい?」
 約半刻前、唐突にこの『幻獣の尻尾亭』に押しかけてきた守備隊の兵士達に向かって女将が投げつけた言葉は「そいつらなら夕方過ぎに出てっちまったよ」という一言だった。しかしそう言われたからといって「はいそうですか」とあっさり引き返すわけにも行かないのが、「お役所仕事」の辛いところだ。
「ああ、疑ってすまなかった。ただ、こっちも確かな筋からの情報だったんでな」
 近衛隊長ヴァレルから命を受け、ナジード自ら兵を連れて駆けつけてはみたものの、結果は見事な空振りに終わった。宿帳と泊り客を一人一人照合し、泊り客の不評を思いっきり買いながら半刻ほども宿中を捜索して、不審者どころかネズミ一匹出てこなかったわけだ。
「誰から聞いてきたか知らないけど、とんだ営業妨害だよ! これで客が減ったらどうしてくれるんだい」
 ぷりぷりと怒ってみせる女将をまあまあと宥めながら、ナジードは視線で兵士達に撤収を促す。いないと分かった以上、ここにこれ以上留まっている理由はない。
「本当にすまなかった。……で、念のためもう一度聞きたいんだが、そいつらがどこに行ったかは知らないんだな?」
「だから、知るわけないだろう? こっちは前金もらってたんだし、夕方になって急に予定が変わったから出立するって言われて、それ以上のことは聞いちゃいないんだ」
 分かったなら出て行っとくれと、まるで犬か何かを追い払うように手を振る女将に、ナジードは苦笑いを浮かべながら小さく囁いた。
「女将、最後の質問だ。そいつらはどんな風に見えた?」
 その問いかけに、女将はうーんと顎を捻る。
「そうさね、とてもそんな大層なことをするような御仁には見えなかったよ」
「そうか」
 そうとだけ答えて、ナジードは邪魔したな、と踵を返す。青い外套が通りを曲がるまでを玄関から見届けて、女将はようやく扉を閉めると、小さく息を吐いた。
「やれやれ」
 呟きながら寝巻きの裾を翻し、台所へと急ぐ。薄暗い台所の片隅に詰まれた木箱をどけ、その下から現れた金属製の取っ手を引くと、地下室への入り口が姿を現した。
 幅の狭い階段は数段下から闇に溶け込んでいる。女将は慣れた足取りで階段を下りると、暗闇を手燭で照らし出した。狭い空間には酒の樽や漬物壷、古びた木箱などが所狭しと並べられている。それら貯蔵品の間から覗く赤い髪の先や長衣の裾に苦笑いを浮かべながら、彼女は声を潜めて呼びかけた。
「もう出てきても大丈夫だよ」
 その言葉に、まず木箱の裏からひょっこりと赤い髪の青年が顔を覗かせる。
「助かったよ、女将さん。……おい、二人とも出て来いよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい、ひっかかっちゃって……、よっと」
 よたよたと酒樽の間から出てきたのは、知識神ルースの神官衣に身を包んだ青年だ。ずり落ちた眼鏡をぐい、と押し上げて、きょろきょろと辺りを見回す。
「あれ、アイシャは?」
「ここ」
 声は女将のすぐそばから響いてきた。ぎょっとして声のした方を見やる女将の目に、一列に並んだ漬物壷が映る。布で蓋をしたそれらの間に、膝を抱えて座る人影があった。壷とおそろいの布を頭に被っているのは、もしかして偽装のつもりだろうか。
「そんなことやってたのか」
「……まめですねえ」
 呆れる二人を尻目に、彼女はひょいと立ち上がって頭の布を取る。そんなものを被っていたおかげで髪がぼさぼさになっているが、気にも留めていないようだ。
「おや、あの金髪のお嬢ちゃんは?」
 もう一人いたはずの泊り客の姿をきょろきょろと探す女将に、赤毛の剣士が困ったような顔でいやあ、と頭を掻いた。
「ちょっと訳ありでね。あんたが呼びに来るちょっと前に出て行っちまって、ここにはいない」
「……そうかい」
 何かを隠しているような彼の言葉に、しかし女将はあえて深く言及はしなかった。
「さて。守備隊には、あんた達は夕方の時点で宿を出てったって言っておいたけど、ほとぼりが冷めるまではしばらく隠れてた方がいいだろうね。ここならひとまずは安全だからさ」
 今、毛布を持ってくるよ、と言って踵を返す女将に、眼鏡の青年が問いかけてくる。
「女将さん」
「ん? なんだい」
「なんで僕達を庇ってくれたんです? もしかしたら、本当に怪盗《月夜の貴公子》の仲間かもしれないんですよ?」
 守備隊が押しかけてきた時、女将は何も聞かずに彼らをこの隠し倉庫へと匿った。そして今も、何一つ尋ねては来ない。
 答えを待つ三人の顔をゆっくりと見回し、そして女将はけらけらと笑ってみせる。
「いやだねえ、これでも人を見る目はあるつもりさ。あの神官さんが怪盗だなんて、何かの間違いに決まってる」
 長年の客商売で培われた勘。彼女はただ、それに従ったまでだ。
 しかし、それとはまた別に、彼女がそう断言できる理由が一つある。
「それにあんた達、エストの村長から紹介されてきたんだろ。うちはあの人に色々お世話になっててねえ」
 そう答える女将の視線の先には、作り付けの棚に飾られた小さな飾り皿。鮮やかに描かれた絵画、その縁飾りの中に巧妙に紛れた鍵と縄の紋様に、彼らは気づいただろうか。
「あの人の知り合いなんだ、徒や疎かには出来ないってものさ。とにかく、ちょっと狭いけどしばらくはここで我慢しておくれ」
 そう言って彼らに手を振り、急勾配の階段を昇る。元通りに扉を閉めて木箱や野菜の入った籠で扉を隠すと、女将はふう、とため息をついた。
「全く、あの人絡みのお客だといつもこれだ」
 ぼやく女将の背後に、足音もなく近づいてきた人影。しかし彼女は動じることなく、そちらへと向き直る。
「外の様子はどうだい?」
 そこに佇んでいたのは下男の一人だった。冴えない風体の下男ははあ、と呟いて、小声で答える。
「物凄い数の兵士が見回ってまさぁ。今晩中に繋ぎを取るのはちょっと難しいですぜ」
「だろうねえ。まあいいさ、夜が明ければ少しは動きやすくなるはずだ」
 台所の小窓越しに見える空は、墨で塗りつぶしたかのように暗い。街が目覚めるには、まだしばらく時間がかかるだろう。

* * * * *

 彼が再び自室の扉をくぐった頃には、すでに東の空が白みかけていた。
 この年で徹夜は流石に堪える。それでも多くの者が夜を徹して働いているというのに、自分一人休むわけには行かないとこれまで頑張ってきたものの、周囲から強く勧められて、分神殿長ハルマンはしばしの仮眠を取りに部屋へと戻ってきた。
 ――と。
「ようやく一段落か」
 唐突に投げかけられた言葉に、一瞬身を震わせる。しかしすぐに、壁際の椅子に腰掛けた青年の姿に気づいてほっと胸を撫で下ろした。
「ネシウス殿か。やれやれ、驚かさないでくれ」
「すまない」
 そんなつもりはなかったのだが、と弁解しながら、部屋に一つしかない椅子から腰を上げようとするネシウスに手を振って、ハルマンは寝台へと腰掛ける。途端にどっと襲い来る疲労と眠気。しかし今の今まで彼を待っていてくれたのだろう友人を前にして、何の話もしないというわけにはいかない。
「とんだ騒ぎになってしまって……」
 のろのろと喋り出すハルマンを、ネシウスは静かに遮った。
「大体の事情は聞かせてもらった。とんだ事態になったようだな」
「ああ……。お陰で、貴殿が折角尋ねてきてくれたというのに、ろくに話も出来ず……」
「いや、構わない。ところで、その怪盗某が例の神官というのは本当なのか」
 その言葉に苦渋の表情を浮かべながらも、頷いてみせるハルマン。
「よもや、そのような人間とは思わなかった。信用に値する人物と……影の神殿を壊滅させ、身を挺して竜の卵を守り抜いた、まさに英雄と……」
 苦々しい呟きに、ふとネシウスの瞳が動く。
「……竜の卵、か……」
 卵から孵った竜は、どこへともなく去っていったと聞いた。しかし、それならば――。
(ならば、あれは……?)
 あどけない声が脳裏を過ぎる。
『らう、どこぉ?』
 闇に包まれた街角で、途方に暮れていた『光』。
「その者の名は?」
 唐突な質問に目を瞬かせながら、ハルマンは苦々しくその名を紡いだ。
「ラウル。ラウル=エバストだ」
 ネシウスの瞳に強い光が奔る。しかしそれもほんの一瞬、すぐに穏やかな表情を浮かべて、すっと椅子から立ち上がる。
「その怪盗探し、私も協力させてもらおう」
「貴殿がかね?」
 思わず目を見開くハルマン。彼の知るネシウスは、俗世間に興味を持つことなく、ただ飄々と世の中を渡り歩く、そんな人物だ。その彼が事件に関心を示すだけでも珍しいものを、自ら協力を申し出るとは思いもよらなかった。
「一体、どういう風の吹き回しだね」
 訝るハルマンに、しかしネシウスは微笑を浮かべながら答える。
「なに、ほんの気紛れという奴だ。それに……」
 外套の裾を翻し、彼はぽつりと呟いた。
「確かめねばならない。あの者のために」
「ネシウス殿?」
「いや、忘れてくれ。では、私は早速出立する。お前はしばし、体を休めるがいい」
 その言葉を聞いた途端、急激な眠気が襲い来る。たまらず寝台に体を横たえ、なんとか毛布を被ったハルマンは、瞬きをする間もなく深い眠りへと落ち込んでいった。
 穏やかな寝顔を確かめ、部屋を後にするネシウス。扉を後ろ手に閉じ、ふと見上げた廊下の採光窓からは、すっかり明るくなった空が覗いている。
 眩しそうに四角く切り取られた空を見上げ、そして歩き出す男。

 もうじき、夜が明ける。

* * * * *

 地平線の彼方が金色に染まる。闇の衣を脱ぎ捨てた空に今まさに昇らんとする太陽の光。地上へと姿を現したその一瞬、射るような眩い光が地上を走る。
 咄嗟に手をかざして光の洗礼を免れたシルビアは、急速に空けゆく空を背に佇む三人の姿をゆっくりと見回した。
「ようやく外に出られたなあ」
 嬉しそうに呟き、うーんと伸びをして朝の空気を吸い込む王女。その横では、すっかり彼女に懐いたらしい金髪の少女が、ぎこちなくその真似をしてひっくり返りそうになっている。
 そしてその二人を少し離れたところから見つめていた青年は、シルビアの視線に気づいて小さく肩をすくめてみせた。
「色々とすまなかったな」
「いいえ。大したことしたわけじゃないし」
 髪をかきあげながら答えたシルビアは、ふと真面目な表情を作って言葉を続ける。
「それより、帰りの算段はついてるの?」
「いいや、全然。まあ、何とかするさ」
 返ってきた、余りにも楽観的な答えに、しかしシルビアはそうね、と頷いた。
「わたし達が手を貸せるのはここまで。あとは三人で力を合わせて乗り切ってちょうだい」
「力を合わせて、ねえ」
 苦笑する青年に、すっと顔を寄せる。そしてその頬に素早く口づけをしたシルビアは、少し驚いた顔をする彼へとにっこり笑ってみせた。
「あなたに幸運を。帰ってきたら、また遊びましょ」
「そりゃあ楽しみだっ……! いってえな、何すんだ!」
「らうっ!」
 見ると、さっきまで離れたところにいたはずの少女が、青年の足をぎゅーっと踏みつけながら頬っぺたを膨らませてぷんぷんと怒っている。シルビアは思わずくすくすと笑いながら膝を屈め、あどけない少女の頬にもちゅう、と口づけた。
「おチビちゃんにも幸運を、ね」
「らうっ」
 途端に機嫌を良くした少女は、その小さな手を伸ばしてシルビアにぎゅっと抱きつく。そんな彼女の襟首を捕まえてひょい、と引き離した青年は、眼下に広がる景色を感慨深く見つめている王女へと視線を移した。
 首都ローレングの郊外、人気のない旧街道を間近に臨む丘の上。背後には遠く霞むローレングの街門、そして前方には荒れ果てた一本の道が伸びている。これから辿るその道の先を、王女はじっと目を凝らして見つめていた。
「ほら、とっとと行くぞ。時間がないんだからな」
 そう声をかけながら、スタスタと歩き出す青年。金髪の少女が慌てて彼を追いかけ、その腕にしがみつく。
「ああ! 分かってる」
 そう答え、歩き出す王女。そのまま丘を下っていくと思いきや、王女は数歩進んだところでふとシルビアを振り返った。
「シルビア、本当に世話になった。この礼は必ず」
「あら、そんなこと言っちゃっていいの? 色々と期待しちゃうわよ」
 わざとそう茶化してやると、王女は至極真面目な顔で大きく頷いた。
「私にできることであれば、なんなりと」
 生真面目な返答に思わず笑いがこみ上げる。王女の発言としては少々問題があるが、誰に対しても真摯な彼女の姿勢はとても好ましいものであったから、シルビアはつい、と王女に近寄ると、その滑らかな頬に軽く唇を押し当てた。
「いい女の口づけは幸運を呼ぶおまじないよ。気をつけていきなさい、王女様」
 驚いて見上げてくる王女に、片目を瞑る。
「ありがとう! それじゃ、行ってくる」
 嬉しそうにそう答え、王女は走り出した。軽やかに丘を駆け下り、あっという間に先行する二人へと追いつく。そうして楽しげに言葉を交わしながら進む彼らを、ようやく地平線からその全身を現した太陽が照らしつける。
 一日の始まり。あちこちで、それぞれの朝が幕を開ける。追う者、追われる者、傍観する者。それら全てを見届けるかのように、燦然と輝く太陽。
「おお、眩しい。徹夜明けにはきついわね、こりゃ」
 手をかざし、すでに小さくなりつつある旅人達の背中を見送る。朝日に照らされて進む彼らの行く手には、一体何が待ち受けているのだろう。詳しいことは何も聞いていない。しかし、それが平穏な旅路になるとは到底思えなかった。
「頑張ってねー」
 遠ざかる三人の影に呟く。次の瞬間、先頭を歩いていた少女が振り返り、こちらに向かって手を振ってきたのは、きっと偶然だろう。
「さぁて、帰りますか」
 くるりと踵を返し、スタスタと来た道を引き返す。その背後に、それまで物陰に身を潜めていた配下達が一人、また一人と現れるが、黙して付き従う彼らを振り返りもせずに、シルビアは足早に首都への道を辿った。そんな彼女に、一人が声をかける。
「姉御、これからどうします」
「決まってるだろ。まずは長に連絡して、あとは情報収集だよ。この一件、ただ王女のわがままってだけじゃなさそうだ。調べてみれば色々、面白いことが分かるかもしれない」
 きらり、と目を光らせるシルビアに、無言で同意を示す盗賊達。そして彼らはいつの間にか街道から姿を消し、荒涼とした旧街道に再び静寂が訪れた。

 この道を、まるで何かに導かれるように一人の旅人が行き過ぎるには、まだしばしの時を要する。


「おでかけっ! おでかけっ!」
 うきうきと、文字通り弾むような足取りで先頭を行く少女。乾いた大地を踏みしめるたびに、柔らかな金髪がふわりと揺れる。
「おいこら、チビ! 遠足じゃねえんだぞ、あんまり浮かれるなっ」
 ため息混じりに注意するが、ちっとも聞いていないようだ。あの調子で歩いていたら、ものの数刻でへばって「疲れた、おんぶ」とせがまれるのは目に見えている。
 やれやれ、と肩をすくめ、ふと隣を歩く王女に目を向ければ、こちらも少女に負けず劣らず浮かれた足取りで、鼻歌など口ずさみながら歩くその顔からは、始まったばかりの「冒険」に胸を躍らせている様子がありありと見て取れる。
(こんな調子で、本当に何とかなるのか?)
 怪盗の濡れ衣を着せられて始まった旅。しかも道連れにはわがまま竜とおてんば王女。限りなく不透明な先行きに、思わず深いため息が漏れる。
 と、先頭を行く少女がぴたりと足を止めた。おや、と思いながら足を速め、少女に追いつく。
「どうした?」
「どっち、いく?」
 よく見れば、少女の背後に伸びる道は二つに分かれていた。そこに立てられていただろう道標はすでに朽ちて、少女の足元に落ちている。辛うじて残っていた文字をラウルが読み上げる前に、王女はすっと左の道を指差した。
「こっちだ」
 右の道は首都郊外の村落へ続く道だ。辿るべきは、北へと続く道。
「こっち?」
「ああ。この道を行くとやがてソブリズ川に出る。それを渡って、まずはセイシェルの森へ。そこからは別の街道を辿って、とにかく北へ進むんだ。そして目指すは――」
 急に口ごもり、首を傾げる王女。
「……なんだっけ」
「お前、目的地の名前くらい覚えとけっ!」
 思わず怒鳴りつけるラウルに、ひゃっと首をすくめる。そしてこめかみに指をあてがって考えること、数分。ぽん、と手を打ち鳴らして、今度こそ王女は自信満々に言い放った。
「目指すは、トゥールの村だ」
「とぅーるのむら!」
 北の果て、地図にも載らない小さな村で、一体何が待ち構えているのだろうか。
 何はともあれ、彼らの旅は今、始まったばかり。
「さあ、行こう!」
「おー!」
「おー……」
 今一ノリの悪いラウルにはお構いなしに、少女二人は何を思ったか、手に手を取り合って元気良く街道を走り出す。
 あっという間において行かれたラウルはしばし呆然とその背中を見つめていたが、ふと我に返って叫んだ。
「走るなー!」
 その声にくるりと振り返り、満面の笑顔で手を振る少女達。
「らう、はやくー」
「置いていくぞー!」
「馬鹿やろう、無駄な体力使うんじゃねー!」
 そう怒鳴りつつ走り出すラウル。そんな彼を見て、逃げるように駆け出す二人。
 朗らかな少女らの笑い声と青年の怒声は、その後しばらく閑散とした街道に響き渡っていた。

第二章・終
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