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【4】

 ゼストの街は、七日後に行われる祭りの準備で大賑わいだった。
 通りは色とりどりの花や飾り帯で飾られ、祭り用の食品や衣装を扱う店が競って客を呼び込んでいる。広場には舞台が設営されてるし、町外れには芝居小屋も来てやがる。
 毎年行われている光景だが、十五周年という節目の年だけあって派手だな。ほんと。
 感心しながら通りを歩いていたら、うっかりエルとはぐれそうになった。
「エル!」
 菓子が並べられた店の前で立ち止まってるエルに声をかけると、エルは慌ててパタパタと走ってきた。
「ごめんなさい、珍しいお菓子が並んでて……!すごいですよ、僕が寝転がれそうな大きな焼菓子があって……」
 やっぱりガキだよな。聞けばこんな大きな祭り自体初めてだっていうし。仕方ないか。
 昨日のうちに森を抜ける事が出来たオレ達は、ひとまずゼストの街で一晩宿を取った。オレは毒のせいで体力を消耗してたし、エルはエルで色々疲れてたんだろう。起きたらすでに太陽は高い位置まで昇っていた。 で、食料の補充と昼飯を兼ねて街に出てきたわけだが、エルにとっちゃ刺激が強すぎたか、さっきからいろんな所で足止めを食っている。今の菓子屋で何軒目だろう。
「昼飯食ったら出発するぜ。何が食いたい?」
 適度にエルの話を遮って尋ねると、エルはなんでも!と嬉しそうに答えた。そうだな、朝飯も食ってないし、なんでも今ならご馳走に感じられるってもんだ。
「よし、じゃあ適当に入るか」
 広場付近には、ちゃんとした食堂もあれば屋台も出てる。適度に賑わってる食堂を選んで入ると、運良く窓際の席に座る事が出来た。 定食を二つ頼んでそれを待つ間、エルは先ほど見た巨大なケーキやら、大道芸人の芸やらを思い返しては色々と喋っている。
「ここでこんなに賑わってるんですから、首都はもっと凄いんでしょうね」
 想像もつかないと笑うエル。そうだろうな。シールズディーンの祭はもっと盛大だ。人の数も桁違いだし、催し物も色々あるから本当に大賑わいになる。
「シールズディーンに入ったら、絶対にオレから離れるなよ?はぐれたら見つけられないくらいに人で溢れてるはずだからな」
 エルは真剣に頷いた。ホント、素直な奴だなあ。
 しばらくして、お待ちかねの定食が運ばれてきた。あまり待たされなかったのはありがたい。
「はい、お待たせ〜。坊やにはおまけ付きよ」
 運んできた店員の女の子の言葉に、エルがびっくりして皿を見る。そこには小さい焼菓子がおまけで付けられていた。お祭前だから、気前がいいもんだ。
「ありがとうございます」
 嬉しそうに礼を言うエルに、女の子がどういたしまして、とにっこり笑う。赤毛のなかなか可愛い子だ。少しくらいおしゃべりしても、ばちはあたらないってもんだろう。
「それにしても、今年はさすがにいつもより盛大だな」
 定食をつつきながら話を振ってみる。女の子はそうねえ、とお盆を抱えた。
「祭り前なのにこれだもんねえ。毎年乱闘騒ぎなんかもあるし……。でも、つい二日前位から警備が厳重になったから、ちょっとは安心かもね。羽目は外せないけど」
 警備が厳重になった?しかも、二日前くらいから?
「どうして、警備が厳重になったんですか?」
 エルの言葉に、女の子は声を潜める。
「なんでもね、首都にあるケルナ本神殿の宝物庫から、大切なお宝が盗まれたらしいのよ。もう、神殿も盗賊ギルドも血眼になって探してるらしいわ。おかげで街道も警備が厳重になって大変だって、街道を通ってきたお客さん達がぼやいてたもの」
 やばい。
「そうなんですか……。困った泥棒さんですね」
 エルが眉をひそめる。ああ、困った泥棒さんだよ。お前の目の前にいるオレがな!
「見つかってないのかい?」
 何食わぬ顔で尋ねてみると、女の子は大きく頷いて見せた。そりゃそうだ。
「それじゃ、ごゆっくり〜」
 奥から店主に呼ばれたらしく、女の子はそう話を切り上げて去っていった。しかし、ごゆっくりできる心境じゃない。
「ディーさん、どうしました?」
 オレの顔つきが強張っているのに気づいてか、すでに定食の皿を半分以上平らげたエルが尋ねてくる。オレはなんでもない顔を取り繕った。
「いや、街道の警備が厳しくなってるとすると、ちょっと困ったなと思っただけだ」
 エルが首を傾げる。オレは声の調子を落として続けた。
「一旦入っちまってるから、大丈夫だとは思うんだけどな。お前さん関所通ってねえだろ?しかも、下手すりゃ森人の村から不法侵入者があった事をここの警備隊に届けられてたりすると、ちょっと厄介だぜ?」
 セティナの森に住む森人達は、ゼストの街と交流が深い。情報交換も密に行われているはずだ。もしかしたら、ここからシールズディーンに続く街道も警備が厳重になっているかもしれない。となると、オレは勿論、関所を通っていない上に不法侵入者の疑いをかけられてるコイツはやばいって事だ。
 オレの言葉にエルが表情を引き締めた。自分が(不慮の事故が重なった結果とはいえ)お尋ね者扱いされる可能性を認識できたんだろう。
「……どうしましょう?」
「なに、大丈夫さ。オレに任せとけよ」
 いくら警備が厳重たって、方法はいくらでもある。冷め始めた定食に匙を突っ込みながら、オレはどうするもんかと考えを巡らせ始めた。

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