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【5】

「祭見物かい、お嬢ちゃん?」
 警備兵の言葉に、エルは少々引きつった表情で、はいと答える。おいおい、しっかりしてくれよ。
「首都の祭に来るのは初めてなんですよ。今年は十五周年だから、いい機会だと思って連れてきたんですがね」
 オレの言葉に、人の良さそうな警備兵は
「そうかい。そりゃ、いい年に来られたな。今年は本当に盛大な祭になるよ。気をつけて遊んでおいで。お兄さんも、妹さんとはぐれないように気をつけてな」
 と、注意までしてくれて、道を通してくれた。
「気をつけますよ!それじゃどうも!」
 不自然に見えない程度に足早に門を通り過ぎると、目の前には飾り付けられた大通りが広がっていた。
 シールズ共和国首都、シールズディーン。十五周年記念祭を四日後に控えて、街中が活気に溢れてる。
「うわぁ……」
 中央通りから広場までが飾りで埋め尽くされている様子に、エルは言葉もないようだ。
「おいおい、ぼぉっとしてるとはぐれるぞ」
「は、はいっ」
 そう言ってエルは、今入ってきたばかりの中央門をちらっと振り返った。
「……結構すんなり通してくれましたね」
 声を落としてささやくエル。オレはそうだろ、と笑ってやる。
「そのなりじゃ、どう見たってかわいいお嬢ちゃんだ。警戒なんかされねえよ」
 そう。ゼストの街でオレは一計を案じ、古着屋へ行って女物の服を手に入れ、エルに着せたって訳だ。 声変わりもしてないし、髪も肩まで伸ばしているエルは、想像以上にかわいく化けた。こいつの顔は母親似とかで、ちょいと歩き方と話し方に気をつけりゃ、立派な女の子の出来上がりって訳さ。
 ついでにオレも服装を旅装束から普通の服に替えて、近くの町から妹を連れて遊びに来た兄貴という設定にしてみた、と。
 大体、祭を控えて人の流動が激しくなってるこの首都で、全部の通行人を足止めして念入りに調べるなんて真似は出来る訳がない。となれば、よほど怪しい素振りを見せなければこの通り、さくっと通してもらえるってわけだ。
「でも、いつまでこんな格好してなきゃいけないんですかぁ?」
 エルはちょっと情けない声を出す。オレとしてはよく似合ってるんだし構わないじゃないかと思うんだが、こんなガキでも一人前に男としての矜持ってもんがあるらしい。
「こんな公衆の面前で着替える気か?ひとまず宿を取って、そこで着替えるんだ。その後、『遥かなる旅路亭』に行って事情を話そう」
「『遥かなる旅路亭』って宿屋も兼ねてるって聞きましたけど、そこじゃ駄目なんですか?」
 きょとんとした瞳で尋ねてくるエル。
「お前、その格好のまま行ってみろ?女装癖があると思われるのがオチだぜ。しかも、運良く両親がそこにいてみろ、何て弁解するつもりだ?」
 エルがハッと息を呑む。さすがにそれは嫌らしい。
「分かりました……」
「それじゃ宿屋探しだな」
 そう言って歩き出したものの、今の時期どこも埋まってそうだしな……。こりゃ見つけるのが大変そうだ。
 シールズディーンはもともと旅人の集う街だけあって、宿屋が密集した地区《宿屋街》やさまざまな商店やら酒場が集まった《旅人街》なんて地域がある。宿屋街には、上は国賓級の客が滞在する豪華な宿から、脛に傷持つ人間ですら金さえ出せば止めてくれる素泊まりの宿まで、なんでも揃ってる。 定住地を持たないオレはいつも、代金先払いで素泊まり出来る場末の宿を定宿にしてるんだが、そこならまあ、一部屋くらい空きがあるだろう。
 そう見当をつけて、エルと二人《宿屋街》の路地をテクテクと歩いていく。 この辺まで来るとさすがに人の行き来もまばらになってくる。この辺りは安宿ばかりじゃなく、酒場やら娼館やら、更には非合法な薬の店なんかもある地域だ。警備隊がいくら取り締まろうとも、こんな場所はなくなりゃしない。いかな聖都といえども、こういった影の部分はやっぱり出来ちまうんだな。
「なんか、静かですね。この辺って」
 エルもそういった雰囲気を感じ取ったんだろう。さっきからぴったりとオレの側を離れない。
「まあな。まだ昼過ぎだし」
 詳しく説明するのもなんだから、そう答えておいた。この辺りが賑やかになるのは夜。お子ちゃまにはまだ、縁のない世界だよ。
 ―――と。
「よお兄さん。こんな時間からかわいこちゃんとお楽しみって奴かい?」
 唐突に路地から声がかかった。ほぼ同時に目の前に出てきたのは、三人のガキどもだった。この辺で悪さをしてる奴らだろう。
「ディーさん……」
 エルが困った顔で見上げてくる。オレは一応エルを後ろに庇ってやると
「お楽しみで悪いかい、坊やたち」
 と答えてやった。はっきり言って、ただのチンピラ以下だ。オレがこんな田舎の青年みたいな格好じゃなく、いつもの仕事着なら、声さえかけてこなかっただろう。ったく、やっぱり慣れない格好するもんじゃないな。
「別に悪くはないけどよ。そんな金があるってなら、かわいそうに今日の夕飯にもありつけるかどうか分からない俺たちに、多少恵んでくれたっていいだろう?」
 ガキの一人が精一杯凄んで見せる。馬鹿だねえ、仕掛ける相手を考えろってもんだ。
「冗談じゃないね。そんなにかわいそうな身の上なら、素直に神殿で……」
 腰の後ろに隠しておいた短剣を探りながら言うオレの言葉を、唐突に遮るものがあった。
 シュンッ……という鋭い風の音と同時に、目の前のガキどもの服が切り裂かれる。
「てめ、何をしたっ?!」
 それはオレが聞きたいところだったが、思い当たる節がある。そっと首だけで後ろをうかがうと、そこには顔を上気させたエルが、右手にはっきりと分かるつむじ風をまとわりつかせて立っていた。
「こいつ、精霊使いか!」
 ガキが驚愕の声を上げる。そうそう、風の精霊使いって言ってたもんな。この位の芸当は朝飯前ってわけか。
「生憎ですけど、皆さんに差し上げるお金なんてありません。どうぞお引取りを」
 ……おや?なんか妙に怒ってる気がするな。
「それに、僕はれっきとした男です!」
 あ、そっちか。仕方ないよな、その格好にその顔じゃ。
「お前さんたち、こいつが本気出さないうちに消え失せた方が身のためだぜ?」
 親切心で言ってやると、ガキ三人は「畜生!覚えてやがれ」だの「男?詐欺だぜ!」だの、陳腐な捨て台詞を吐きながら一目散に消えていった。
 辺りに静寂が戻る。 しばらくして落ち着いたのか、エルは風を解放すると息を吐いた。
「上出来、上出来」
「そんな……。ホントは、精霊の力を攻撃に使うなんていけない事なんです」
 なんだか泣きそうな顔で言うエル。しかし、精霊使いってのはそういうもんだと思ってたがね。
「僕、やっぱり男らしく見えないんでしょうか……。昔から、母様そっくりだねっていろんな人に言われて、それはそれで嬉しいんですけど、でもやっぱり、僕は男だし、男らしくなりたい……」
 そうか。結構気にしてたわけか。それなのに女装させたのは酷だったかな。
「別に、顔がいかつきゃ男らしいって訳じゃないだろ?大切なのは顔や外見じゃなくて、中身だと思うがな」
 そう言ってやると、エルがびっくりしたような顔をした。
「大体、お前まだこれから成長するんだぜ?背も伸びるし声だって変わる。いつまでも今のままじゃいられないんだよ」
 そうさ。人間は成長する。どんな風にでも変わっていける可能性を持ってる。それは、いいようにも悪いようにもだ。
 オレみたいに外れ者になっちまう奴もいれば、まっすぐ育って立派な人間になる奴だっているんだ。例えば、あの巫女王セレンディアのようにな。
 巫女王セレンディアは、小さい時に両親を亡くして神殿で育てられた。オレもまた、五才の時に両親と生き別れて、神殿で育てられてる。 出発点は、さほど変わりない。それなのにオレはどうだ?神殿から逃げ出した挙句に、コソ泥になっちまった。しかも盗賊ギルドにも入らず、孤独にセコセコ日銭を稼ぐような奴にだ。 ま、本人の生まれながらの資質って奴もあるんだけどな。
 オレの言葉に何やら感慨深げな顔をして、エルはぽつり、と呟く。
「……僕も、大きくなったら立派な男になれるでしょうか。ディーさんみたいに」
 その言葉にオレは噴き出しそうになった。 誰が立派な男だって?
「おいおい、オレのどこが立派な男なんだ?」
 しかしエルは首を横にぶんぶんと振って、にっこり笑いやがる。
「だって、困ってる僕をここまで連れてきてくれたじゃないですか。見ず知らずの僕を、何の見返りも求めずに」
 胸が痛んだ。 こいつをここまで連れていたのは、自分にとって都合が良かったからだ。決して、全部が全部、親切心からの行動じゃない。
 それなのに、何の疑いもない眼差しでそんな事を言ってくれるなよ……。
「……オレはそんな立派な奴じゃない」
「え?何か言いました?」
 オレの呟きにエルが聞き返してくる。いや、いいさ。どうせこいつとは長くてもあと数日の付き合いだ。そう思わせておくのもいいだろう。
「いや、なんでもない。さ、早いとこその格好とおさらばしたいんだろ?行くぜ」
「はいっ!」

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