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【1】


「なんでこんな事になるまで、誰も気づかなかったんだ!」

 緑の髪を揺らして、少女は周囲に集う十人を見回した。

「特にトゥーラン!あんたが気づかないでどうすんだよっ!」

「そんなこと言ったって」

 白銀の巻き毛を無意識に指に絡ませながら、トゥーランと呼ばれた少年は反論する。

「これは既に決まっていたことなんだ。変えられようがないんだよ」

「だからって、何もしないのか?」

「ケルナ、やめてください。今は言い争っている場合じゃないでしょう?」

 落ち着いた口調で諌める茶色の髪の少女。その少女をケルナは思わず睨みつける。

「ケルナ」

 と、今度は背後から声が響いた。ケルナが振り返ると、青い髪の美女が氷のような冷たく静かな瞳で

彼女を見つめている。いや、睨んでいると言った方が正しいか。

 その無言の圧力に、ケルナも息を吐く。

「……分かってるよ、誰を責めても仕方ないことくらい」

 ケルナはそう吐き捨てるように言うと、その場に腰を下ろした。

「今、我々がやるべきことは、現状の正確な把握と的確な対処だ」

 静かに声が響く。ケルナの後ろ、階段のてすりにもたれかかって様子を伺っていた少年に、ケルナは

きっ、と視線を向けた。

「……いつもいつも、冷静な分析ありがとよ、クストー!まったく、ありがたくって涙が出るよ」

 ケルナが噛み付くが、声の主はさらりとそれを聞き流して、すっと手を振る。と、彼らの集う部屋の

中央に大きなスクリーンが生じ、一つの惑星の姿を映し出した。

 続いて小さなスクリーンが無数に生まれ、それぞれ別々の情報を流し始める。

「トゥーラン、ルース。詳細な情報を出してくれ」

 彼の言葉に応じて、白銀の髪の少年と茶色の髪の少女は自らの手元に操作盤を生み出し、次々に

スクリーンの情報を塗り替えていく。彼らは空と大地を司るもの。彼らは惑星上における全てのデータ

の記録や整理を任されている。

「出せるものから出していくよ」

 トゥーランの言葉に、スクリーンが全て新しい画像に切り替わる。

 激しく変動する様々なグラフの数値。惑星上の光景や、分析結果の報告文。

「……これは、ひどい……」

 スクロールしていく数々の情報を目で追ううちに、集まった十一人の表情はどんどんと険しく、真剣に

なっていった。

「どうしてこんな急激に『負』のエナジーが集結してしまったのか……まずその原因を突き止めないと」

 緩やかに波打つ紺色の髪をかき上げて、一人の青年が呟く。そして手元に操作盤を生み出し、過去

の情報を引き出し始める。

「ルファス、今資料を回します」

 ルースの言葉に青年は頷き、そして穏やかに微笑む。

「焦らなくていい。落ち着いてやれば、対処できないことはない」

 その言葉に、ルースだけでなく他の者たちも、逸っていた心に気づいて、表情を少し和らげる。

「はい、そうですね」

 ルファスのおかげで少し雰囲気が和らいだ部屋で、それまで半ば呆然と成り行きを見守っていた赤い

髪の少女が、弾かれるように口を開いた。

「相対システムをうまく制御し、また『民』達がその制御を自ら行えるようにする……。試験合格の

ポイントだったよね、確か」

 高い位置で結い上げた赤い髪を揺らしながら続ける少女。

「これじゃ、アタシたち減点?それとも失格になっちゃうのかな?」

「確か、ではなく、第一条件じゃ。この馬鹿者」

 呑気なその発言に、冷たく言い放つのは青い髪の美女。いつのまにか取り出していた操作盤を操り

試験の合格要件をスクリーンに呼び出し、わざわざそれを少女の目の前に突きつけたのは、嫌がらせ

以上のなにものでもない。

 いきなり突きつけられたスクリーンを手で払いのけて、少女は青い髪の美女に思いっきり舌を出す。

「陰険女!アイシャスなんか嫌い!」

「嫌いで結構。水と炎はもとより相容れぬものじゃ」

 澄ました顔でアイシャスは言い、しかしすぐに真顔に戻るとスクリーンを消してやった。もっとも、嫌が

らせをやめたのではなく、それ以外にスクリーンを利用するためだ。

 今は一刻を争う事態。いつものように、このお馬鹿な少女をからかっている暇はないのである。

「パリー。馬鹿やってないで、『民』の精神バランスの変移データを回してよ」

 トゥーランの声に、パリーと呼ばれた赤い髪の少女はむくれ顔のまま、自分の操作盤を取り出す。

 彼女も勿論分かっていた。今は遊んでいる場合ではないことを。

「セイン、リィーム。傍観決め込んでないで手伝えっての!」

 ケルナの怒声に、隅の方で彼らの行動をじっと見守っていた二人の少年達が、渋々とといった様子で

彼らのもとに移動する。とはいえ彼らもただ黙って見ていたわけではない。二人の手元には携帯端末

が、すでに情報収集を行うべく起動されていた。

「ほら、ガイリア、ユーク。あんたたちも手伝いなって」

 最後まで惑星の映像を見つめていた二人の少年少女は、ケルナの声に重々しく頷くと、それぞれ

自分の仕事に取り掛かりだした。



 十一人の神々。

 その彼らは今、自らの導く世界を救うべく必死の努力を行っていた。

 『試験』開始から、まだ『二週間』。

 それまで順調に行っていた『試験』は、ここに来て最初の障害にぶつかっていた。

 それは、最初から決められていたこと。

 しかし、それがこんなにも早く生じるとは、誰も予想だにしていなかったのだ。




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