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【4】


「……『勇者』プログラム、起動!」

 ガイリアとユークの紡ぐ言葉に、空間が揺らぐ。

「円陣を!」

 クストーの指示で全員が円陣を組む。そしてその中央に、透明な球体が浮かび上がった。

「……セットアップの方法を呼び出します」

 ルースが手元の操作盤を叩き、それぞれの目の前に画面を呼び出す。

 『勇者』プログラムの起動は誰も行ったことがない。また特殊なプログラムゆえ、事は慎重を

要する。十一人にそれぞれ、緊張の色が浮かんだ。

「えっと、まずは……基礎からか」

 手順に目を通してケルナが呟く。

「……まず、命を」

 ガイリアが両手を球体にかざす。球体の内部に、光が生じた。まだ弱々しい、命の輝き。意思も

肉体も持たない、純粋な始まりの命。

「姿を与えましょう。定め通り、『民』に似て、 『民』に在らざる姿を」

 ガイリアの言葉に、球体の中の光が姿を変えていく。ただの光から、人の姿へ。

 胎児のように丸まって眠る、小さな姿。その姿は性別を持たない。それが定め。

 『勇者』は『民』に似て、『民』とは違う存在。その異なる存在が交じり合う事は禁じられる。それは、

世界の均律を崩す事ゆえに。

「金の髪だね。なら僕と同じ、青い瞳にしよう」

 ユークが笑う。すると球体の中の胎児も笑った。薄目を開けたその瞳は、紛れもなくユークの青。

「そして君から死を奪う」

 ユークの表情が悲しみを帯びる。

 死は、休息。そして新たな始まり。

 この命はそれを得ることの出来ない定め。『民』ならざる者ゆえに。そして一度しか作り出すこと

の出来ないものゆえに。

「では妾が美しさを与えようぞ。そなたに誰もが魅了されるよう」

 アイシャスが絶世の笑顔を向ける。その輝かんばかりの微笑みは、しかしどこか物悲しい。

「永遠を与えよう。完成され、変化しない姿を」

 ルファスが淡々と告げる。胎児は急速に成長し、青年まで到達した辺りで成長を止める。

 すらりとした体。整った顔。しかしその瞳はまだ力を宿していない。虚ろな双眸でぼんやりと辺りを

見つめている。

「それでは、あなたに叡知を授けます」

 ルースが球体にそっと触れる。と、どこまでも青い瞳に、知性の輝きが宿った。先ほどまでとは

明らかに表情が違う。それは、深い叡智を秘めた賢者の瞳。

「そして、特別な世界法則をあげるよ」

 トゥーランがルースの手にそっと自分の手を重ねる。世界を構成する法則。それは運命とも呼ば

れる。『勇者』は『神』によって運命を授けられる。

「……力をやるよ。『民』を救う力」

 ケルナが手を差し伸べる。細い体に力が漲り、覇気に満ち溢れた表情で、彼女を見つめ返す。

「境界を授ける。決してその先に踏み込むことの出来ない境界を」

 セインが呟く。それは『民』との間に、そして『神』との間に引かれた、二つの境界線。 『勇者』は

『民』でもなく『神』でもない、特別の存在。

「あなたに心をあげるねっ!」

 パリーが球体を抱き締める。青い瞳に、初めて強い意思が生じた。光を帯びた、力強い眼差し。

 それはただの操り人形ではなく、確固とした『自我』を持つ者の瞳。

「そして、封印を施す。その正体を明かさぬように」

 クストーがパリーを無理矢理ひっぺがして球体に触れる。『神』の実態を知るものゆえ。またその

存在が強大すぎるゆえに施される封印。すべては、『民』の未来の為に。

「……最後に『魔』の力を」

 リィームがすっと左手をかざす。紫色のオーラが一瞬『勇者』を包み、そして吸い込まれるように

消えた。

「……さあ、生まれ出でなさい」

 ガイリアの言葉に、『勇者』はゆっくりと、自らを包み込む透明な球体に手を触れる。

 次の瞬間、凄まじい衝撃が空間を揺るがせた。

 粉々に砕けて霧散する、透明な球体。その中から溢れ出た強大なる力。

 神々をも揺るがせる力の奔流の中心に、静かに佇む金の髪の『勇者』。

「……強い、こいつ……」

 ケルナが息を飲む。

「……本当に、危険なプログラムなんだぁ」

 パリーが感心したように呟く。

 それは、まかり間違えば彼らをも凌駕し、また万が一暴走すれは、世界を滅ぼしかねない危険な

プログラム。だからこそ、緊急事態にのみ使用を許可されたもの。

 生まれたままの姿で彼らの前に立つ『勇者』に、アイシャスが苦笑した。

「そのままでは、ちと問題じゃな」

 ひらりと手を振ると、『勇者』の体が白い服に包まれる。

「なんだい、この位着せてやりなよ」

 それを見たケルナが負けじと手を振り、その上から鎧を着せた。

 長い金の髪を揺らし、戦装束に身を包んだ『勇者』は、生まれ出でたその瞬間から全てを理解し、

そして十一人の前に膝をついた。

 固唾をのんで見守る彼らの前で、『勇者』はゆっくりと口を開く。

「……名を」

 男とも女ともとれる、耳に心地よい響きの声。穏やかな、しかし覇気に満ちた声は、プログラムが

正常に機能していることを雄弁に物語っていた。

 一同に安堵の色が広がる。そして、リーダーであるガイリアが一歩進み出ると、跪くファーンをそっと

立ち上がらせて、厳かに告げた。

「……あなたは、『勇者』ファーン。惑星『ファーン』を救う者」

 その言葉に、勇者は授けられたばかりの名を復唱する。

「ファーン……」

 それは、彼らの言葉で『神の息吹』を意味する言葉。

「さあ、旅立つんだ。勇者ファーン。『邪竜』を打ち倒し、『ファーン』に平和をもたらすために」

 ユークの言葉にファーンは頷く。それは、ファーンに与えられた存在意義。

 そしてファーンは知ってもいる。自らの存在が、『ファーン』にとって両刃の刃であることも。それ

ゆえに、不必要な時は『眠り』に就かされることも。

 『勇者』プログラムは一度きりしか立ち上げられない。ゆえに、不必要な場合は『神殿』に『保存』

され、再び必要とされたときに『呼出』される。

 音もなく立ち上がり、歩き出そうとするファーンに、ケルナが制止をかける。そして、

「これを持っていきな」

 腰の剣を無造作に放つケルナ。ファーンはその剣を難なく受けとめる。

「その剣ケルナンアークには、精霊を宿らせてある。きっと役に立つだろう」

 精霊。それは神の力を世界に行き渡らせる役目を担う機構。しかしこの剣に宿る精霊は、ケルナの

戦の神としての力を使う者に伝える特別な機能を備えている。

「ケルナ……?」

 心配そうなガイリアに目をつぶってみせると、ケルナは『勇者』を真っ向からを見つめる。

「あんたにはあたしの力をやった。でも、それがあればもっと強い力が出せる。どうか、あたしの代わり

に『邪竜』を……」

 本当ならば、今、この瞬間にもファーンへと降り立ち、あの邪竜を倒したい。それは、ここに集う全員の

本音。

 そして、風の力を司り、戦神の異名をとるケルナは、誰よりもこの事態に無力さを噛み締めていた。

 自分ならば、すぐさま『邪竜』を討ち滅ぼせるのに。その力があるにもかかわらず、彼女は制約に

よってそれを禁じられている。

 『民』がそれを望まない限り、『神』は『民』への直接的な干渉を行えない。それが決まりだ。

 だからこそ、彼らは『勇者』を創った。

 そして、その『勇者』にケルナは、自分の分身ともいえる剣を貸し与えたのだ。

「それって規定に抵触しない?」

 トゥーランがぼそっと呟くが、聞こえない振りをするケルナ。そして他の者も、ケルナを止めはしなかった。

 誰もが、彼女の悔しさを分かっていたから。トゥーランもまた、それ以上は何も言わなかった。

「さあ、お行きなさい!」

 ガイリアが力強く命じ、ファーンは深く一礼して踵を返す。

「待って。送ってあげるよ。僕にはそれ位しかできないから」

 トゥーランが言って、その手をすっと振る。

 次の瞬間、ファーンの姿は消え、代わりに地上の映像を映すスクリーンの一つにファーンの姿が

映し出された。天空を見上げ、そして歩き出すファーン。その後姿は、れっきとした一人の戦士。

 たった今生まれ出でたばかりとは到底思えない、凛々しいその姿。力強く大地を踏みしめ、使命を

果たすべく進んで行く。

「大丈夫かしら……」

 不安気にスクリーンを見つめるガイリアの肩を、そっとユークが抱きしめた。

「大丈夫だよ。あいつは僕達全員の力を秘めた、『神の子』。きっと上手くやってくれる」

 十一人の神々。その視線が、地上を映し出すスクリーンに注がれる。

 惑星ファーンの暦では、ファーン暦260年の秋。

 『勇者』ファーンは地上へと降臨し、絶望に打ちひしがれる人々の希望の光となった。




 そして、三年の後。

 邪竜は打ち倒され、世界に平和が戻ることとなる。

 人々は勇者の帰りを待ちわびた。


 しかし。


 ―――勇者は、帰ってはこなかった。





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