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【6】


「……ねーねー、ルース」

 静かな『神殿』の広間に、なにやら力のないパリーの声が響く。

「どうしました?パリー」

 広間から外の景色を眺めていたルースは、パリーの表情を見て訝しがる。いつもなら能天気に

はしゃいでいるパリーが、何やら青ざめた表情をしているとあれば、ルースでなくとも訝しがる所だ。

「あのね。さっきお仕事してたらね」

 彼ら『神々』はこの『神殿』から地上に力を送り、また様々な操作をして世界を調整する。

 火の女神パリーは確か、火山帯の微調整を行なっていたはずだった。

「何をしでかしたのですか?」

 嫌な予感がしてそう問いかけるルースに、パリーはてへっと笑う。

「圧縮してあった『勇者』の保存データを解凍して、地上に送っちゃった♪」

「なぁんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 ……いつも静かなルースがこんなにも大声を出したのは、後にも先にもこれっきりだったという。




「……どうするもこうするも、まさか回収しにいくわけにも行かないだろう。もうすでに地上で『民』と

接触してしまっているんだから」

 クストーの声がいつもより冷たいのは、気のせいではない。

「もう一つの方が輪廻の輪から地上に送り出されて、ようやく一安心したっていうのに……」

 げんなりとした表情でパリーを見ているのは、トゥーランだ。

「馬鹿者。」

 アイシャスが氷の眼差しでパリーを射る。

「ごめんなさぁい〜」

「……ごめんですむことかよ」

 セインが冷ややかに突っ込む。いつも無口で無愛想な彼だが、今日ばかりは怒りの表情をありありと

表わしていた。

「だってだって、わざとやったわけじゃないんだよ?」

 上目遣いで訴えるパリーに、セインはけっと毒づく。

「わざとやられてたまるか」

「でもぉ〜……」

「いいから黙ってろ。お前がしゃべると事態が悪化する」

「ぶぅ」

「ともかく、『勇者』ファーンの片割れは現在、アイシャス大陸の魔法大国ルーンで『民』に保護され

ています。記憶の封印はしっかりしているし、能力こそ封じてはいないものの、まあ何も分からない

状態で無闇矢鱈に能力を使うような性格設定はされてませんから、ひとまず大丈夫でしょう……」

 地上の様子をモニターしていたルースが、そう報告した。

 しかし、彼女も大丈夫という言葉とは裏腹の表情を浮かべている。

「こんなことは、前例がないからな」

 のんびり言うルファス。そう、こうも前例にないことばかり起こると、すでに誰も今後の予測がつか

ないのだ。

「前代未聞の事ばっかりじゃないか!バグッてるんじゃないの?この『神殿』の中央制御機構!」

 ケルナの言葉にトゥーランがやれやれ、と肩をすくめる。

 彼ら『神々』に与えられた『神殿』。委ねられた惑星を導くための機能を備え、かつ彼らの住居とも

なっている宇宙船は、勿論彼らを試験する側、『学院』から貸し出されたものだ。

 その機能は万全のはずだが、こうも予期せぬ出来事が続くと、疑いたくもなるというものだ。

「なんにせよ、これを報告したら確実に不合格だ。このまま、臨機応変に対処していくしかないだろう」

 リィームの言葉に、全員が押し黙る。

 確かに、これが何らかの故障から生じた事態ならば、『学院』に申し出ればそれなりの処置をして

くれるだろう。

 しかし、さんざん無茶をやった後である。ここで報告すれば、待っているのは不合格の三文字で

あろうことは、簡単に予想できる。

 ならば、出来る限り自分達で対処するしかない。

 それに。ここまで手塩にかけて育ててきた惑星なのだ。最後まできちんと見届けたい。それが十一人

の共通した思いだった。

「……決まり、ですね」

 ガイリアが呟くように言い、隣のユークを見やる。

「そうだね。ま、何とかなるよ。きっとね」

 もともと楽天家で気分屋なユークの言葉に、残る十人は不安を隠しえなかった。

「見守りましょう。私たちに出来ることは、それだけなのですから」

 神は、見守ることしか出来ない。

 それが、彼らに課されたルール。

 神は万能ではない。

 それは、神もまた、『民』であるが故。

「この試験がうまく行って、『民』からアタシ達みたいな力を持った子が出てきたら、いいよねえ」

 呑気に言うパリーの頭を、ごんっとクストーが叩く。

「そう思うなら、二度とヘマをするな」

「あうぅ……ごめんなさぁい」

「でも、本当に、この惑星がどこまで進化を遂げるか、楽しみだよね」

「おやおや、トゥーランの口からそんな言葉が出るとは。惑星の未来はお見通し、などと言っていたのは

何処の誰じゃ?」

 くすくす笑いながら茶々を入れるアイシャス。トゥーランは肩をすくめて、

「だって、最早この僕にも、この先の未来なんて予想できないんだからさ」

 あまりにも不確定要素が多すぎて、惑星は当初のシミュレート結果から大分ずれ始めている。

「でも、その方がおもしろいじゃないか」

 ユークの言葉に、まあ、と目を見開くガイリア。

「だって、結果が決まっちゃってる試験なんてつまらないだろ?この先どうなるか、わくわくしない?」

 自分たちの未来をも左右する重大な試験に「わくわく」とは、さすがは楽天家である。

「何はともあれ、これからは今まで以上に目が離せないな」

 そう言いながらもどこか嬉しそうなルファス。彼もまた、この状況を楽しんでいるようだ。

「まあ、ルファスまで」

「ほら、いうじゃないか。手のかかる子供こそ可愛いってね。そういうことだろ?」

 ケルナの言葉に、ガイリアは思わず噴出しそうになる。

「確かに、そうかもしれませんね」

 惑星は、そして勇者は、彼らの子供のようなものだ。

 時に拗ね、かんしゃくを起こし、そして時に泣き、笑う。

 そんな子供だからこそ、いとおしい。

「さ、まだまだ試験は長いんだ、みんな、気を抜くな。特にパリー!」

 クストーの駄目押しに、パリーが舌を出す。

 それを冷ややかに見つめるアイシャスにセイン。我関せずを決め込むリィームとルファスに、苦笑しつつ

モニターに向かうルースとトゥーラン。

 やがて口喧嘩に発展すると、それを無責任に囃し立てるケルナをガイリアが止め、ユークが巧妙に話を

逸らす。

 和やかに過ぎ行くひととき。

 絶妙なバランスで成り立つ、人と時間と空間の中で。

 彼らは笑い、語り、憤り、嘆き、涙しながら

 見守り続ける この愛しい青き星を―――





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