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10.還るべき場所

「本当に、君達にはなんとお礼を言っていいか……」
 深々と頭を下げる森人に、キューエルがいやいや、と手を振る。
「いいってことよ。それより、礼ならあの長老達に言ってやってくれよ。俺達はただ、薬草を取ってきただけなんだから」
 洞窟探索から一夜明け、出来上がった薬を持ってトークの村に戻った一行は、早速病に倒れた森人達に薬を飲ませ、その回復を待った。薬の効き目は抜群で、次の日にはほとんどの森人が目を覚まし、村は歓喜に沸いたのである。
 回復した森人のうち、一族以外の者が村に踏み入ったことに難色を示す者もいるにはいたが、それらを率先して宥めて回った者こそ、ダリスの知人であり、病に冒され眠り続けていた森人の青年イザリオンだった。
 比較的早くに回復したイザリオンは一行と共に他の森人の看病に努め、その合間にダリスから事の次第を聞いて、改めて一行へと感謝の意を表したのだった。
「あの病は滅多に流行らないものなんだ。だから我々も油断していたんだが、長老が処方を覚えていてくれて本当に助かったよ」
 そんな彼の手には、長老直筆の処方箋が握られている。森人の村を出発する時、薬と共に託されたものだ。
「アルムの葉は保存が利かないが、この処方さえあれば我々でも薬が作れる。これで、またあの病が流行っても安心だ」
「ところで、その病って、あの……「あれ」と何か関係が?」
 ハーザの問いかけに、イザリオンはいいや、と首を振った。
「結界が薄れかかっていることとは無関係だよ。あれは森人特有の流行り病で、何十年かに一度、そう、セキチクの花が咲く頃に流行ると言われているものなんだ」
「ほお……珍しい病もあるものだ。一度きちんと調べてみたいものだな」
 呟くダリスに、それにしても、とイザリオンは笑ってみせる。
「我々が倒れたと同時期に君が村を訪れたなんて、ユーク様も粋な計らいをなさるものだね」
「長老方がまだ元気でいらしたことも含めて、な」
 薬を受け取った時のやりとりを思い出したのか、どこか悲しげな笑みを浮かべるダリス。
 夜を徹して薬を調合してくれた長老は、ようやく出来上がった薬とその処方箋を一行に託した後、「麓の村に移住する気はないのか」と問いかけたラルフに対し、呵々と答えたものだ。
『我らはここで村と共に朽ち果てて行く定めじゃて』
『あと数年しか続かぬ命じゃ、住み慣れた場所で暮らしたいというものよ』
 あまりにもあっさりと言われてしまっては、笑い飛ばすわけにも、そして同情を寄せるわけにも行かない。
 複雑な顔をする一行に、老人達はさあ、と手を振った。
『行くがいい、冒険者よ。我らが同胞のもとへ、その薬を届けておくれ』
 そうして、静かに朽ちゆく村と、そこで最期の時を待つ森人達に別れを告げ、一行は村へと戻ってきたのである。
「長老達は森と共になる定めを選んだのだな」
 窓の外、遠く広がる故郷の森を眺めつつ、感慨深げに呟くイザリオン。長老達の決意を聞いた今、戻るつもりはないのかと尋ねるダリスに、彼は静かに首を横に振った。
「私にとっては、この村こそが還るべき場所だ」
「還るべき、場所か……」
 どこか羨ましげな顔のシェリーに、キューエルがおや、と唇を引き上げる。
「俺達にもあるじゃないか、還るべき場所が」
 え? と目を丸くするシェリーに、赤き空人はぱちり、と片目を瞑ってみせた。
「仲間のところ、さ」
 ここにはいない二人の仲間、その顔を思い出して、珍しくも素直にそうだね、と笑うシェリー。
「早く帰らないと。あの二人が戻ってきてるかもしれないし」
 ハーザの言葉に頷き、ラルフがよいしょ、と立ち上がる。
「報酬もいただいたことだし、そろそろ引き上げるとするか」
 村長から受け取った報酬は金貨二十枚。最初の取り決め通りダリスは四人で分けてくれ、と受け取りを辞退し、その金貨は現在シェリーの懐に眠っている。
「本当に、報酬なしでいいのかい?」
 念を押してみると、ダリスは勿論だとも、と頷いた。
「私にとっては、彼らが目を覚ましてくれたことこそが何よりの報酬だよ」
 ところで、と瞳を煌かせ、ダリスは旅支度を整えた四人をぐるりと見渡して、こんなことを言ってきた。
「四十年後、もし生きていたら……私はこの地に再びやってこよう。あの姫に会うために。君達はどうする?」
 思わず顔を見合わせる冒険者達。そして――。
「そうだな……」
「生き延びていれば」
 寿命の短い空人達は、達観したような顔つきで答える。
「覚えていれば」
 呑気な山人は、いかにもな答えを返す。
 そして紅一点の女盗賊は、ちょっと楽しげに、こう答えた。
「オレも、生きてたら行くよ」
「そうか。また会う日を楽しみにしているよ」
 それじゃあ、と片手を上げる、琥珀色の瞳の神官戦士。その隣でにこにこと笑う森人の青年。
 そして、彼らの出立をどこから聞きつけたのやら、村中から集まってきた村人達の歓声に見送られて、一行はトークの村を後にした。
「君達の旅路に幸あらんことを!」
「あんたも元気でな!」
 何度も振り返り、大きく手を振って。
 そうして秋晴れの空の下、落ち葉舞い散る街道を辿って、仲間達の待つ町へと。
「さぁて、次はどんな冒険が待ってるのかな」
「依頼があれば、の話だろう?」
 彼らの旅路は、どこまでも続いていく。

眠れる森の姫・終
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