2
父王の急死により、若くして王位を継いだ王アルスル。王妃エルミアは体が弱く、王子ファイナスを産んで身罷ったが、先王の代から王家に仕える宮廷魔術士が乳母と家庭教師の役目を引き受け、王子の世話を焼いていた。
アルスル王との仲も良好で、いずれは王妃の座につくのではないか、という口さがない噂話は、幼い王子の耳にまで入ってくるほどだったけれど。
ファイナス自身、厳しくも愛情深く育ててくれた『先生』を慕っていたから、むしろ「早く結婚すればいいのに」と思っていたくらいだ。
それなのに。
「何故だ。何故お前は父さんを殺し、水竜との盟約を反故にして、国を滅ぼした!」
純然たる事実。覆せない過去。それなのに、その理由だけが分からない。
ドルネス王家に伝わる宝珠は、建国王が水竜と交わした盟約の証だ。かつて『不毛の大地に豊かな水を』と願った建国王に応え、水竜は涸れることのない水源をこの地にもたらした。
王家が続き、宝珠が受け継がれていく限り、その盟約は守られるはずだった。
「どれほど調べても、どんなに考えても、分からなかった。お前ほどの魔術士なら、心を惑わす魔術だってお手のものだろう。父さんか俺をたぶらかして王妃の座につき、実権を握ってさえしまえば、この国はお前のものになったのに! ――いいや、そんなまどろっこしいことをしなくたって、いずれはそうなっていたかもしれないのに……!」
それなのに、『魔女』は父を殺し、水竜の怒りに触れて、湖を干上がらせて、手に入れるはずだった国を失ってしまった。
何の利益も生まず、何の得もない。一体、その行為に何の意味があるというのか。
「まるで……ドルネスを打ち滅ぼすこと自体が、お前の目的みたいじゃないか……!」
絞り出すような言葉に、軽快な拍手が響き渡る。
「正解です。まさにその通りですよ」
「は!?」
あっけらかんとした答えに、思わず剣を取り落としそうになった。
「どうして、そんな――」
「ドルネスと、そしてあなたのため、ですかね」
「はあ!? 俺のため!?」
予想もしない言葉の数々に、頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。
「あれから十年。近隣諸国は新たな水源確保に浮かれているし、ドルネスの悲劇は過去の話になったようですから、そろそろ頃合いでしょう」
よいしょ、とその場にしゃがみ込み、ぽんぽんと自身の横を示す『金の魔女』。
「ほら、立ち話もなんですから座って座って」
あまりにも馴れ馴れしく、あまりにも懐かしいその仕草に、鼻の奥がつん、と痛くなる。
「おい……! なんだよそれ! 俺が、どんな思いでここまで……!」
「その辺はあとで聞いてあげますから、まずは落ち着いて話しましょう。大丈夫、時間はたくさんあります」
穏やかな声音に、何とかして保っていた戦意や決意の類がガラガラと崩れていくのを感じながら、若き戦士は深くため息をついた。
「……その言葉、忘れるなよ」
こうなったらやけだ、とばかりに剣を納め、マントを後ろに打ち払ってどっかりと腰を下ろす。
「で。一体どういうわけなんだよ」
ぎろりと睨みつけてくる榛色の瞳に、『魔女』はにっこりと微笑んで、おもむろに口を開いた。
「あの湖は、もう限界だったんですよ」