昔むかし、あるところに - 4/7

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 建国王ライネス。後にそう呼ばれることになる青年は、砂漠を旅する行商人だった。
 数々のオアシスを渡り歩き、干ばつや砂嵐、水場や食料の奪い合いで苦しむ人々を目の当たりにしてきた彼は、やがて他大陸に渡り、ひょんなことから強大な力を持つ水竜を助けることとなる。そして――。

『助けてくれた礼として、一つだけ望みを叶えよう』

 そう言われたライネスは、迷うことなく『故郷の砂漠に、涸れることのない水場を』と願った。水竜はその願いを聞き届け、ライネスとともに砂漠へ渡ると、不毛の大地に湖を生み出した――。

「……というところまでは伝説の通り。ですがこの話には続きというか、あえて秘匿された部分がありまして」

『そなたの願いを叶えてやろう。ただし、永遠に涸れぬ水場などというものを生み出せるほど、我は万能ではない。我の力ではせいぜい百年、もって百五十年といったところだろう。たった百数十年、瞬きの間の夢――。それでも、そなたはそれを望むか』
 その言葉に、ライネスは力強く頷いたという。
「短命な俺たちにとって、その『瞬きの時間』は永遠にも等しい。なあに、難しく考えないでくれ。せめて、俺の血が繋がるくらいの間――俺の曾々孫の代くらいまで、水を奪い合わずに済むようになればいい。そう思っただけなんだ」

「つまり、ライネスは最初から期間限定だと知っていて、それでもそれを願った、と?」
「そういうことです。そもそも、小さなオアシスが都市国家と呼ばれるほど繁栄するなんて思ってなかったんでしょう。せいぜい、自分とその家族が暮らすだけの水場、くらいに考えていたみたいなんですよね」

 しかし、ライネスの思惑は大きく外れた。『涸れぬ湖』の噂は瞬く間に広がり、続々と人が集まって、小さなオアシスは都市国家へと、急速な発展を遂げてしまったのだ。

「こうなってくると『あと数十年でこの湖は消えるよ』とは言いにくくなるじゃないですか」
「そりゃそうだけども!」
 代替手段があれば話も違うだろうが、どう足掻いても水場は涸れて不毛の砂漠に後戻り、などと公言したら、それこそ無用の諍いを生みかねない。
「というわけで、先々代くらいから、本格的に腰を据えて『水場が涸れた後どうするか』を考え始めたそうなんですが、そもそも水竜が力任せに作った湖ですからね。同じ奇跡を願うなら、またどこかで水竜を勧誘してくるか、神様に泣きつくくらいしかないんですよ」
「そんな無茶な……」
「ちなみに、私があなたのおじいさまに召集されたのも、魔術の腕を見込まれてのことです。魔術は世界に干渉する力。奇跡も起こせるのではないか、とね。私に出来るのはせいぜい数年、問題を先送りするだけです、と正直に伝えたら泣かれました」
 それならせめて知恵を貸して欲しいと請われ、宮廷魔術士として残留することになった金の魔女は、アルスルの元に嫁入りしてきたばかりのエルミアと意気投合し、親交を深めていった。
「あなたのおじいさまはしきりと仰っていました。民はもちろんのことだが、息子夫婦、そしていつか生まれてくるだろう孫を守りたい。見通しの甘かった先祖や無能な我々のせいで、彼らが永劫、民から恨まれるようなことがあってはならない、とね」
 かくして、国家の滅亡を回避するための話し合いは続いた。
 湖がどうにもならないのなら、国ごと移動するしかない。つまりは他の水場への移住だ。新たな移住先を探すにあたって、一番の課題は『そう都合よく、理想の移住先が見つかるか』だったが、それ以上に問題となっていたのは近隣の都市国家との関係だ。
「あなたは、湖から水路が伸びていたのを覚えていますか?」
「ああ、何となく覚えてる。周辺の都市国家に繋がる水路だろ?」
 《熱砂の砂漠》と呼ばれる砂漠地帯の中でも、ドルネス周辺は特に水場が少ない。過去、周辺一帯が酷い干ばつに襲われた時、周辺のオアシス都市の要請で水路が作られた。当初はあくまで災害時の緊急用という名目だったが、一度作られた水路が封鎖されることはなく、水の供給が続けられていた。
「水の使用権を巡って都市同士が水面下で争っていましてね。特にエルミアが亡くなってからは、それはもう熾烈になりました。一度婚姻関係を結んでしまえば、格段に有利になりますから」
「あのまま湖が干上がれば、他の都市国家が黙ってはいなかった、ってことか」
「ええ。戦争は避けられなかったでしょうね」
 都市同士の関係が良好ならば、事前に話を持ち掛けて、国家の合併や住民の受け入れという流れにもっていけただろうが、近年は緊迫した関係が続いており、下手に隙を見せれば、湖が干上がる前に攻め込んでこられる可能性もあった。
「どうにかして住民を穏便に移動させた上で、周辺諸国を刺激することなく水の供給を止めたい、なんて、無理難題すぎるよな」
「でしょう? 有識者が何十年も議論を交わして、それでも良い解決方法が出てこなかったんです」
 様々な案が出ては却下され、そうこうしている間にも、『終わりの時』は刻一刻と迫ってくる。
 懸案だった移住先はどうにか見つかったが、ドルネスからは遠く離れており、現在の住民すべてを受け入れられるほどの広さはなかった。それでも地道に開拓と移住を進め、そちらは軌道に乗ってきたが、水源の枯渇による関係諸国への対応については解決案が出ないまま、時間ばかりが無情に過ぎていった。
 そんな中、先王が急死し、アルスルが王位に就いた。
 そうしてアルスルを議長とした最初の『会議』が開かれると、彼は集まった忠臣の前でとんでもない『名案』を口にしたのだ。

「あの人、なんて言ったと思います? 『うまいこと滅亡しよう』って言ったんですよ」
「うまいことって何だよ……」
 思わず頭を抱えれば、その通りとばかりに頷く魔女。
「王は、『自分が悪役を引き受ける。欲に目が眩んで水竜の怒りを買い、国家を滅亡に導いた愚かな王として歴史に刻まれよう』と言って聞かなかったんです」
 彼の言い分はこうだ。『竜との盟約の証』という秘宝をでっち上げ、それを財政難から秘密裏に売り払ったことにして、竜の怒りを買ったことにすればいい。
 アルスルは愚王を演じることで『王の愚行で滅びる国家』という流れに持っていき、怒りの矛先を自身に向けようとしたのだ。
「いや……無理がありすぎるだろ、それ」
 そもそも『ドルネスが財政難』という根拠がない上に、王子時代から実直で倹約家と評判のアルスルが『欲に目が眩んだ愚王』を演じるというのは、あまりにも説得力がない。
 当然、この案は満場一致で却下され、アルスルは大臣たちからこっぴどく説教されることとなった。
「とはいえ、光る部分もあったので、私が脚本を練り直したんです」

 悪い魔女が王を誑かして宝珠を手に入れ、国を乗っ取ろうとした。
 しかし水竜の怒りに触れ、湖は涸れ果ててしまった。
 貴重な水源を失った住人たちは泣く泣く故郷を離れ、ドルネスは無人の廃墟となった――。

「ほら、これなら説得力があるでしょう?」
 まるで夕飯の献立でも発表するように、軽やかに言ってのけられたものだから、思わず「そうだな」と頷きそうになり、慌てて口を押さえる。
「……なんだよ、それ」
「実際、上手く行ったでしょう? 周辺諸国のお偉方を招いての祝祭も、これまで秘匿されていた『宝珠』のお披露目も効果抜群でしたね。衆人環視の下、本性を現した『魔女』が宝珠を奪うさまは、それはもう衝撃的だったでしょう」
「……ああ、それはもう」
 乾いた笑いが口の端から零れる。
「実に、衝撃的だったよ」